あなたの痛みは「骨のせい」だけじゃないかもしれません
長いあいだ腰や肩、首の痛みに悩まされて、
それでも家事や仕事、家族の世話を休まず続けてきたあなたへ。
整形外科に行くと、
「骨がずれていますね」「椎間板が潰れています」
そう言われて、画像を見せられたことはありませんか?
その時、こう思いませんでしたか。
――「やっぱり私の体はもうダメなんだ」って。
でも実は、世界の最新の医学では、
「構造的な異常=痛みの原因」ではないことが多いとわかってきています。
世界では「痛み=構造異常ではない」が常識に
欧米諸国では、慢性腰痛に関する医療ガイドラインが次々に改訂され、従来の『痛み=骨や椎間板の異常』という考え方からの脱却が進んでいます。
● イギリス(NICEガイドライン)
イギリス国立医療技術評価機構(NICE)は、慢性腰痛に対して以下のような姿勢を取っています。
原因不明の腰痛に対して画像診断を安易に行わないよう推奨
薬物療法よりも運動療法や心理的アプローチ(マインドフルネスや認知行動療法)を優先
背骨や椎間板の画像所見だけでは痛みの原因とは判断しない
● オーストラリア(NSW Healthや各州ガイドライン)
オーストラリアでは、国家主導の教育プログラム(Back Pain Campaign)も含めて、以下のような啓発が行われています。
「腰痛は通常、構造的損傷によるものではない」
「心理社会的因子(ストレス、仕事、人間関係)が症状の持続に深く関係する」
「画像に映る“異常”の多くは加齢による自然変化であり、痛みとは無関係なことが多い」
● アメリカ(ACP:米国内科学会ガイドライン 2017)
アメリカでも、**米国内科学会(ACP)**が発表した腰痛診療ガイドライン(2017年改訂)では、次のように推奨されています。
非薬物療法(鍼、マッサージ、瞑想、認知行動療法)を第一選択とする
医学的に深刻な疾患の疑いがない限り、画像検査は控える
腰痛のほとんどは自然回復し、手術や注射は最終手段とすべき
これらのガイドラインの共通点は、構造的な異常(骨、椎間板、神経など)が痛みの主因であるとは限らないという科学的な前提に立っていることです。
一方、日本のガイドラインはどうか?
では、日本の整形外科は世界の流れにどう対応しているのでしょうか?
実は、2019年に改訂された『腰痛診療ガイドライン2019』(日本整形外科学会監修)も、“形の異常=原因”とは限らないという事実を明記しています。
『腰痛診療ガイドライン2019』のポイント:
非特異的腰痛(明確な器質的原因が不明な腰痛)が全体の85%以上である
画像所見は診断の決め手にならない(無症状でも画像異常が見られる)
心理社会的要因(うつ・不安・職場ストレス)が慢性化のリスクになる
認知行動療法やストレスケアの導入もエビデンスありとして推奨
つまり、日本の公式ガイドライン自体は、すでに「痛み=背骨の異常」という単純な図式から離れつつあるのです。
それでも現場では「骨が悪い」と言い続けているのはなぜか?
ここに大きなギャップがあります。
ガイドラインは進化しているのに、医療現場では依然として「骨」「椎間板」「ヘルニア」という言葉が飛び交う。
この矛盾には、日本独特の医療文化と制度上の問題が関わっています。
1. 医療機関の収益構造
画像診断(レントゲン、MRI、CTなど)は診療報酬が高く、医療機関の収入源となっています。
そのため、症状が軽くても「念のため画像を撮っておきましょう」と言い、“映った異常”を原因に仕立ててしまう傾向が強いのです。
2. 医学教育の偏り
日本の医学部では、痛みの心理・神経生理学的側面(脳・神経・ストレス・感情)に関する教育が非常に乏しいのが実情です。
「骨を診る」訓練には長けていても、「心や環境を見る」訓練を受けた医師はごくわずかです。
3. 患者の“納得のための診断”
患者側も「骨がずれている」とか「椎間板が潰れている」といった**“具体的な説明”を求めがちです。
医師としても、ストレスや心理的要因を説明するよりも、「骨の老化ですね」と説明したほうが納得されやすく、説明責任も果たしたことになる**と感じてしまうのです。
実は、「異常」はあっても痛みとは無関係なことが多い
世界的に有名な研究(Brinjikji et al., 2015)では、無症状の人の60〜80%に、MRIで「ヘルニア」や「椎間板変性」などの画像異常が見られることが報告されています。
つまり、「椎間板が潰れている=痛い」ではなく、「潰れていても痛くない人がたくさんいる」のです。
それなのに、「画像に異常があったから、それが痛みの原因」という説明が、いまだに日本では多くの整形外科で日常的に行われています。
本当に見るべきは「心と神経の働き」
慢性痛の正体は、次のような“見えない負荷”にあります。
痛みに対する恐怖心
長年のストレス
感情の抑圧や我慢
トラウマ体験
孤独感や絶望感
無価値感や疲労感
これらが自律神経や脳の神経回路に影響を与え、“痛みのブレーキ”が壊れてしまう(中枢感作)ことで、わずかな刺激にも過剰に痛みを感じるようになります。
ここにアプローチするには、「骨」ではなく「心」と「神経系」に目を向ける必要があります。
■ おわりに:「構造主義の限界」を超えて
日本の整形外科が「骨に原因を求めすぎる」のは、医療文化・制度・教育・患者心理が複雑に絡み合った“構造的な問題”です。
しかし、「痛みの本当の意味」に耳を傾けることでしか、根本的な癒しは得られないのです。
「この痛みは、私に何を訴えているのか?」
「私の心や人生に、何が積み重なってきたのか?」
その問いから、あなたの癒しの旅が始まるかもしれません。
米国内科学会(ACP) Clinical Practice Guideline 2017
NICE guideline [NG59] (Low back pain and sciatica in over 16s)
日本整形外科学会『腰痛診療ガイドライン2019』